
「本質を見抜くことが大切だ」というのは、よく言われることだよなあと。
本質とは何か? と言われたら、そのものの根本の大事な性質とか要素的な感じかなとか。
性質とか要素というと、パラメータみたいな感じにも思えますが、そのものを抽象化した際に表現されたことが、本質なんじゃないかなと。
抽象化って難しいなあと思いつつ、個人的には、そのものの分類を考えるってのが、近いかなとも思ったり。
たとえば、自動車のプリウスで言えば、
乗り物>車>プリウス
みたいな感じで、分類できるじゃないですか。
で、プリウスを抽象化するというのは、言ってしまえば、車とか乗り物だと言っているのと同じかなと。
この時に、どう分類するか? で、いろいろと答えは変わってくる、抽象化した時の本質が変わってくるという感じで思っています。
たとえば、機械>プリウスだったり、運搬>プリウスだったり、分類することもできるわけです。
そう考えていくと、本質って、分類の仕方というか、そのものをどう捉えるかによって、変化するんじゃないかなとか。
本質を見抜く力というのは、この分類というか見方がすぐに頭に思い浮かぶ力なのかなと。
当然ですが、本質を見抜く力というのは、どんどん鍛えられていくんですけど、パターン化しがちというか。
1つの物事の見方しかできなくなることも多いよなあとか。
プリウスの例がわかりやすいですけど、プリウスの本質って、車以外に考えるのって難しくないですか?
でも、実際には、他にもいろいろな見方ができるんですよね。
だから、本質を見抜く力も大切なんだけど、本質を見抜こうと考える力が無いと、そういう他の見方をしなくなってしまうんじゃないかなって。
人間って、一度、パターンとして認識してしまうと、それを壊すのって難しいんですよね。
プリウスの本質が車とすぐに思い浮かんで、それ以外に思い浮かびにくいってのが、まさにその典型例かなとか。
そんなことをふと思ったりしました。
