評価・レビュー
☆5/5
誰しもが簡単に高品質な音楽を作れる人工知能「Jing」によって、作曲家たちが絶滅しつつある近未来。元作曲家だった岡部数人は、自身の才能の限界を感じ、「Jing」の品質向上のために様々な楽曲を聴いて人間の感じ方をJingにフィードバックする検査員として働いてたが、過去の友人で天才作曲家 名越楽が自殺し、彼から謎の楽曲が送られてきたことで、「Jing」の謎に迫っていくことになる。
みたいな話。
昨今のAIの進化を考えると、作曲家たちが廃業するというのは、あながち間違いではなく、リアルな近未来とも言える世界がが興味深いです。元々AIではなく、自動作曲というのが以前からあって、大量に自動作曲させて、その中から良かったものをピックアップし、人間が手を加えてちゃんとした楽曲にするという手法もあったため、それが進化すれば、たしかに作曲家という職業は厳しくなるだろうなと。
また、音楽の場合、人間が好むパターン(和音とかコード進行とか)というのはある程度決まっていることからも、AIによる作曲サービスが世界を席巻する可能性は高いなと思います。そのあたりのリアルさが本作の1つの特徴。
そんな状況で、作曲家を辞める者、作曲を続ける天才、あがき続ける者をそれぞれ描き、AIによって仕事がどう変わっていくのか、人間の生き方がどう変化していくのかを、うまく表現しつつ、作曲、つまり人間による創作とは何かについて、1つの解答を導き出しています。
個人的には非常に面白く読むことができました。AIに興味があれば楽しめると思いますし、少し先に訪れるかもしれない未来を感じたいSF好きにもおすすめです。音楽をテーマにしていますが、難しい音楽の話は無いので、とても読みやすい作品だと思います。
印象に残った内容
ネタバラシが無い状態で個人的に印象に残った点を紹介します。
人工知能が作れない変な曲でしか、人間のクリエイティビティは発揮できない
「だから作曲自体が終わってるんですよ。人工知能が作れない変な曲でしか、人間のクリエイティビティは発揮できない。そう言ってるようなもんじゃないですか」茂木の指摘は、意外と深い話だった。普通の作曲家が普通に作れる曲は、もう『Jing』で再現することができる。となると、作曲家にはふたつの選択肢しかない。『Jing』で再現できることを承知で普通の曲を作るか、それを徹底的に避けるかだ。だがそれをやると、前者は聴かれず、後者は多少聴かれるかもしれないが鍋を叩くような珍曲になってしまう。
逸木裕. 電気じかけのクジラは歌う (Japanese Edition) (pp.85-86). Kindle 版.
これは本質を突いていて、今後、そういう世界になっていく可能性は非常に高いと思います。例えば、本作でも登場するYoutubuerはテレビがやらないことをやることで、人気を得ていきました。テレビは人工知能ではないですが、非常に一般的に認知された巨大なサービスという意味では、本作のJingとポジションは一緒です。
そこに正攻法で立ち向かうことはできないので、テレビがやらないことをやってユーザーを獲得していったのがYoutuberという感じ。
それと同じようなことがAIサービスの普及で起きる可能性は高いなと思います。それが受け入れられるかはわかりませんが。
ただ作ることを、やめるべきじゃなかったんだ
あなたは凡庸な作曲家であることを、恐れるべきではなかった。あなたの空港を、放棄すべきじゃなかった。ただ作ることを、やめるべきじゃなかったんだ
逸木裕. 電気じかけのクジラは歌う (Japanese Edition) (pp.427-428). Kindle 版.
終盤のセリフではありますが、個人的にもこの点は共感というか、そう考えているので、ピックアップしました。このフレーズが、どういう顛末を経て、誰が誰に言ったのかが非常に面白いので、ぜひ読んで欲しいなと。