
コミュニケーションが敵味方の確認だとすると、喋る人ってのは、味方のアピール、つまり、味方を増やしたいというサインなのかもしれない。
また、未来は変化していくから、未来が安全であることの確証を得たいために、話すという可能性もある。
喋るという点においては、女性と男性で違いがあるという印象。
それは時代だったからなのか、それとも本能的にそうなのかは、まだ何とも言えない。
ただ、女性の方が喋るという前提で考えた場合、前述の未来不安を解消するために喋るとするならば、女性の方が未来に不安を感じやすいとも考えられる。
または、不安要素を見つけやすい、もしくは、小さな不安要素も無くしておきたいという可能性もありそうだ。
喋ることで、味方の確認をしておくことで、その不安要素を無くそうとしているということ。
男性の場合は、そのあたりが鈍感にできているのかもしれないし、または不安を必要以上に感じないようにできているのかもしれない。
男性と女性で、本能的な部分で、ある程度の役割分担がされていた場合には、その可能性がある。
つまり、狩猟民族であるならば、男性は狩りに出るわけで、不安を感じすぎると、狩りをしにくいのではないか?ということ。
進化人類学的に言えば、不安を感じる男性個体は、淘汰されたとも考えられる。
一緒にいる時間が長いと、人間は親近感を感じる。
喋る時間が長ければ、結果として仲良くなる。
また、回数も同様の効果が期待できよう。
そう考えると、おしゃべりな人というのは、味方が多そうな気もする。
まあ、悪口を触れ回っている人は、逆に味方は少なそうだが。
何にせよ、喋る人というのは、意識的にしろ、無意識にしろ、味方を増やす行動をしている可能性があるという話。
いや、逆か。味方を増やすために、喋っているというのが正しいか。
ふと、昔働いていた時のことを思い出す。
それはタバコ休憩だ。
今の時代は、タバコ休憩というのは、かなり悪者にされているが、タバコ休憩している人とは、すぐに仲良くなりやすい。
そこで喋ることもあるし、接触している回数が増えるからというのもある。
今の時代だと、悪者扱いされがちというのもあって、余計に結束しやすい感がある。
まあ、何にせよ、味方は多い方が良い。
その方法の1つとして、おしゃべりをするというのは、役立つかもしれないということ。
