評価
☆3/5
本作は東野圭吾先生の同名の小説が原作。毎回品質の高い作品をコンスタントに発表しているだけあって、ストーリーや設定は面白かったですし、流石だなと。
ただもっとファンタジーで良かったのでは?と個人的に思います。というのも、そもそもラプラスの悪魔は不確定性原理によって否定されているわけで、それを地球化学が専門の大学教授 青江 修介(櫻井翔)が知らないという時点で・・・と思ってしまいました。もしかするとリアル的なホラーにしたかったのかもしれませんが、逆にリアルじゃなくなってる感じ。
個人的にラプラスの悪魔という設定は嫌いじゃないので、嘘でも良いから実は超理論で確率的なことが決定されている的なファンタジー設定を1つ挟み込んで欲しかったなと。
羽原 円華演じる広瀬すずさん、甘粕 謙人演じる福士蒼汰さん、甘粕 才生演じる豊川悦司さんも良かったです。
しかしファンタジー設定を作らなかったことで櫻井さんの教授役がただの無知な人になってしまい、必死に演じれば演じるほど櫻井さんの間抜け感が出てしまうという悪循環・・・。これは櫻井さんがあまりにも可愛そうだなと・・・。櫻井翔さんの童顔も悪い方に働いているかもしれませんね。
原作未読なのでわかりませんが、もしかすると原作ではそういうファンタジー設定があるかもしれません。
話としては
温泉地で硫化水素中毒による死亡事故が連続して起き、殺人を疑った刑事であったが、地球化学の専門家・青江修介教授は「気象条件の安定しない屋外で、致死量の硫化水素ガスを吸引させる計画殺人は実行不可能」として事件性を否定する。しかし、安定しない気象条件をすべて予測するラプラスの悪魔的知性を持つ女性(ラプラスの魔女)と出会い、殺人事件の可能性が出てくるのだった。果たして人間に未来を予知することが可能なのか。硫化水素中毒は事故だったのか、それとも殺人だったのか。
みたいな感じ。
改めて設定は面白いと思いますし、タイトルのラプラスの魔女というのも素晴らしいネーミングだなあと思いました。ほんとファンタジー設定がちょっとだけ入っていたらもっと楽しめたのにというのが感想です。
あまりにも大学教授の知的レベルが低く描かれすぎて、もしかして大学教授をディスってる?と思ってしまいました。
ネタバレあり:ラストシーンはいらなかったのでは?
これは個人的になのですが、ラストシーンはいらなかったのでは?と思います。
ラプラスの悪魔的知性というのが存在したとして、未来が確定しているのであれば羽原 円華(広瀬すず)の行動が意味不明です。
未来がわかっているのであれば、そこに至る行動すべてが演技ということになります。
一挙手一投足がすべて決まっているわけで、それを少しでも変えてしまったら未来が変わるわけです。それを意識してやらないといけないわけで、それは無理な話でしょう。
歩く時も歩幅を1ミリもズラしてはいけないですし、息を吸う吐くタイミングやその息の量もすべて決まっているわけで・・・。なぜなら未来が確定しているわけですから・・・。
そうなると、確定した未来を知った時点で自我が存在できなくなってしまいます。なぜなら自分ができることは考えることではなく、確定した未来通りに行動するだけなのですから。そこに自我は存在しません。
また未来を自ら変えることができるのであれば、そもそも未来は確定していないということになりますよね。
ですので、羽原 円華は気象に関することについて高度な予測が可能だが、未来を知っているわけではない、確定していないということになります。これは当然の帰結です。
そなるとラストシーンの質問は無意味です。そもそも大学教授がその点に気づかないはずがありません。設定で専門家が必要ということで、大学教授が必要だったのかもしれませんが、無理やり過ぎて大やはり大学教授をバカにしすぎでは?と思いました。
これがファンタジー設定であれば特に問題無いと個人的には思うのですが、ファンタジー設定を入れていないので物語の根幹に矛盾が出てしまうんですよね・・・。やっぱりファンタジーにしちゃった方が良かったと思います。
だって、ガンダムやエヴァンゲリオンに非科学的だ!なんて誰も突っ込まないじゃないですか・・・。
そもそも小説にしろ映画にしろフィクションなわけで・・・、なんかリアルさを入れようとして、逆にリアルじゃなくなっちゃった感じな気もします。
まあ、時代もあるのかな。これが昭和の作品だったら、そこまで気にならなかったかも。