評価・レビュー
☆5/5
イノベーションのジレンマを記したクレイトン・クリステンセン氏によるイノベーションを予測して起こすための理論というか、考え方をまとめた書籍。
人は
「片づけるべき仕事(ジョブ)のためにAを雇用(ハイア)する」
という基本原則に基づき、顧客の話を聞いて商品やサービスを生み出していく、変えていくというもの。
言葉ではとても簡単ですが、これが結構難しいなと思いました。
というのも、本書の中で何度か話が出てくるのですが、データはそれらを知るための情報となるが、データ自体に答えはないという点。
昨今では、ビッグデータやAIによるデータ分析などが当たり前のように語られていますが、実はそこに落とし穴があると著者は言います。
その理由の1つに顧客のセグメント化を挙げ、例えば年齢とか性別とかで分けたマーケティングは、「片づけるべき仕事(ジョブ)のためにAを雇用(ハイア)する」という視点が抜け、イノベーションから遠ざかってしまうのです。
わかりやすい例で言えば、様々なニーズに対応するために商品を多様化する例が紹介されていました。食べ物だったら、ローカロリーや味が違うもの、ビタミンが多いものなどのような商品展開です。
ああ、よくある話だなあと。
でも、それではイノベーションは起きないと著者は言います。確かにそうだなあと。
基本はシンプルだけど実践するのはとても難しいと感じました。また、サラッと読んだだけだと、腹落ちしない気もします。ですので、時間がかかってもじっくり読んでほしいなと。
この手のビジネス書の中ではかなり読みやすく、個人的には最近読んだ中では群を抜いて面白かったです。
わかっていても実践できるかどうかはわかりませんが。
ベンチャーが落ちる落とし穴
自分は過去にベンチャー企業で働いていたこともあって、本書を読んでいたら、状況が変わったかもなあというのを強く感じました。
IT系のベンチャーではよくあるのですが、いわゆるテクノロジードリブンという考え方があります。ざっくり言えばテクノロジーを主体にしてビジネスを作っていくみたいな感じで使われることが多いです。今だとAIとかですかね。
でも、これが落とし穴の1つだなと感じました。
ジョブ理論によれば、人は「片づけるべき仕事(ジョブ)のためにAを雇用(ハイア)する」ので、そこにテクノロジーは入って来ないんですよね。研究分野なら話は別ですが、ことビジネスにおいてはテクノロジーが主体になってしまってはダメだということが本書を読んで実感しました。
リーンスタートアップにも似ているが
自分が働いていたベンチャーではリーンスタートアップという手法を使ってビジネスを立ち上げていました。
リーンスタートアップも素晴らしい手法で、ジョブ理論に通じるところがあります。根幹部分はほぼ一緒かなという印象です。
ただ、自分が働いていたベンチャーは失敗に終わりました。
その理由が、リーンスタートアップで最初に考えたビジネスモデルから、どんどんかけ離れてしまったからです。
最初は誰かが抱える問題を解決するためにプロダクトを作っていたのですが、それが少しずつ変化していきます。
その理由として、
- ステークホルダーの意見に振り回された
- トップの考えに従う会社だった
というのがあります。
このどちらの理由も、人は「片づけるべき仕事(ジョブ)のためにAを雇用(ハイア)する」という考えが抜けていて、顧客の顔が見えてなかったですよね。
きっとxxに違いない、データではxxとなっている、こんな機能があれば喜ぶはずだ、そんな議論がいろいろと出ていたのですが、そもそも論として、もっと顧客の話を聞くべきだったなと。
そういう意味ではペルソナ手法をもっとちゃんと使うべきだったようにも思います。
ピボットが上手くいきにくい理由
ベンチャーなどでは特にピボットが大切と言われます。ピボットとは、その時の状況に合わせてビジネスを変化させるというニュアンスで使われる言葉です。
しかし、ピボットしても上手くいく企業と上手くいかない企業が存在し、多くの場合、上手くいきません。自分が働いていたベンチャーもそうでした。
これもジョブ理論で考えると納得できるなあと。
人は「片づけるべき仕事(ジョブ)のためにAを雇用(ハイア)する」ということがわかっていれば、ピボットする際に何をするべきかがもっと明確だった気がします。
どういうことかと言うと、自分たちのプロダクトとか、テクノロジーにこだわって、ビジネスの方向性を変えていただけだったんですよね。
個人的にジョブ理論を読んで思ったピボットは、自分たちのプロダクトを顧客がxxとして使っていることがわかったから、そこに特化するというのが正しいのかなと。
今のビジネスが上手く行かないからといってとりあえず変えてみるのはちょっと違うなと。また、機能を増やすのも違うなと。
あくまで「片づけるべき仕事(ジョブ)のためにAを雇用(ハイア)する」点に特化するのが大切かなと思っていました。
引用メモ
最後に個人的なメモも兼ねた引用。
必要なのは、ものの見方を変えること。だいじなのはプログレス(進歩)であって、プロダクト(商品)ではない。
相関関係と因果関係が同じでないのはわかりきっているが、ほとんどの企業がこのことを知っているにもかかわらず、両者のちがいを踏まえて行動しているようには見えない。
「どんな〝ジョブ(用事、仕事)〟を片づけたくて、あなたはそのプロダクトを〝雇用〟するのか?」
〝ひとつですべてを満たす〟万能の解決策は結果的に何ひとつ満たさないのだ。
顧客はある特定の商品を購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に引き入れるというものだ。この「進歩」のことを、顧客が片づけるべき「ジョブ」と呼び、ジョブを解決するために顧客は商品を「雇用」するという比喩的な言い方をしている。
ジョブの定義には「状況」が含まれる。ジョブはそれが生じた特定の文脈に関連してのみ定義することができ、同じように、有効な解決策も特定の文脈に関連してのみもたらすことができる。
ジョブとは、特定の状況で人あるいは人の集まりが追求する進歩である。
私が何かを雇用して解決しようとするジョブは、進歩を妨げる障害物を特定の状況下で乗り越えるためのものである。
ジョブ理論が重点を置くのは、〝誰が〟でも〝何を〟でもなく、〝なぜ〟である。ジョブを理解するということは、知見を集めて、さまざまなことが密接につながり合った絵をつくり上げていくことであり、細かい断片に区切ることではない。
ジョブそのものの理解を深めることがたいせつであり、解決策のほうに夢中になるべきではない。
イノベーションの世界では、多くの企業が周転円をつくり出す世界から抜け出せないでいる。つまり、近似や推算の精度をあげることばかりに熱心なのだ。
自社製品を雇用して顧客が片づけようとしている本当のジョブを理解していない企業は、「ひとつですべてを満足させる」万能の解決策に惹かれがちで、結局誰も満足させることができない。
データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビ
スタックの誤謬とは、技術者が自分のもつテクノロジーの価値を高く評価しすぎ、顧客の問題を解決するための、下流のアプリケーションを低く評価しすぎる傾向のことを指す。「人のつくったものの上に何かを重ねることは簡単だというまちがった思いこみもある
イノベーションの成功の秘訣は、顧客のジョブスペックに対応する体験を創造し、届けることである。これを一貫しておこなえるようにするには、それぞれの体験に結びつけて適切なプロセスを構築して統合する必要がある。
数値化されたデータを見るときには、それは人が作成したものだと肝に銘じてほしい。つまり、発表するデータに事象のどの要素を含めるか、どれを見すごし消去するかは、作成者が決めているということだ。したがって、データには偏見が入りこむ。
学界の慣習における最大級の愚行に、同僚が構築し、発表した理論にこぞって反証を試みるというものがある。反証者は、学会誌に論文を載せたあとは、ビーチで寝そべっているだけでいい。
あなたや同僚が片づけるべきジョブを形容詞や副詞で説明しているとしたら、それは有効なジョブではないということ。
明確に定まった「片づけるべきジョブ」は、動詞と名詞で表現できる。
他にも非常に示唆に富んだ内容が多いので、ぜひ一読してほしい書籍です。特にベンチャー企業のトップやそれに関わる人は、確実に読んでおいた方が良いと思います。