
そうなのだ。
変化しないものは無い。だから、変化することが普通なのだ。
考え方が変わったり、価値観が変わったり、見た目だって変わるだろうし、人間関係、環境などなど、日々どんどん変化していく。
そして、その変化に対して、まったく無関係でいることはできない。
必ず何等かの影響を受けて、そして、変化する。
その変化は、大きいときもあれば、小さいときもある。
大切なのは、変化するのは当たり前、普通であるということだ。
何が言いたいかっていうと、愛する人を失うことも普通のことという話。
失わないことなどできないのだ。
普通なこと。
普通なことに、大きく感情を揺さぶられることが異常な状態なのだ。
それを異常とちゃんと認識できることが、大切なのだと思う。
それを異常と認識できず、自分が普通であると思った時点で、たぶん、普通ではない。
そもそも普通というのは、普通であることを認識していない状態だと思うから。
日々の生活で、例えば、挨拶をした時に、これは普通の行動だとは誰も認識しない。
けれど、喧嘩した人に挨拶する時は、普通に挨拶できただろうか?と考えたりする。
つまり、挨拶ですら普通ではなくなる。
そうではなく、変化していることを普通と考えるのが大切ではないか?ということ。
異常気象が続けば、それが普通になるみたいな。
普通というのは、感情が揺さぶられない状況とも言えるかも知れない。
そのためには、感情を無くすしかない。
ただ、それは不可能だろう。
感情がないという人がいるというが、すべての感情を失っている人は、個人的には知らない。
一部の感情が欠落している人は知っているけれど。
大切なのは、やはり人間というのは感情がある生き物で、その感情は常に変化していて、それが当たり前のことなんだという認識ではないかなと。
冷静でいることが大切なのではなく、感情が揺さぶられた時に、自分は感情を揺さぶられて普通ではない状態であることを認識することが大切という話。
それが認識できると、バイアスなども認識しやすい気がするし、少しだけ客観視できる気がしている。
自分が普通だと思っている限りは、もう普通ではなくて、異常な状態であることを認識できることが普通でいるために重要ではないか?ということ。